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大白法・平成15年6月1日刊(第622号より転載)御書解説(112)―背景と大意

異体同心事

(御書 1389頁)

一、御述作の由来

 本抄は、弘安二(一二七九)年八月、日蓮大聖人様が五十八歳の御時、身延より駿河国富士郡上野郷(現在の静岡県富士宮市・総本山の周辺)の地頭であった南条七郎次郎時光殿に宛てたお手紙です。
 この年、日興上人と時光殿の教化により、折伏が盛んであった岩本(富士市)周辺地域では、四月八日に熱原郷の信徒・四郎男が何者かに斬りつけられ、八月には弥四郎が斬首される事件が起きました。
 そして十月には、熱原の法華信徒二十名が、稲刈りに事寄せて天台宗・滝泉寺の院主代行智一派の謀略により捕縛(ほばく)され、その後、法華経信仰を退転するよう強要されてもこれを(こば)んだために、中心的信徒の神四郎・弥五郎・弥六郎の三名が処刑されるという、熱原の法難が惹起(じゃっき)したのです。
 本抄は、この二ヵ月前に(したた)められ、時光殿に御供養の謝礼と、熱原信徒に異体同心の団結を促すものでした。
 その後、大法難を迎えた彼らが、様々な(おど)しに退転せず、最後まで不自(ふじ)惜身命(しゃくしんみょう)の信心と異体同心の団結を貫くことができたのは、本抄における大聖人様からの的確な御指南によるものと拝察されます。

本抄の大意

 はじめに、厚綿の小袖など二着と銭一貫文の御供養に対して、時光殿に御礼を述べられます。
 次に、熱原の法華講衆が、頻発(ひんぱつ)する法難を乗り越えるには、異体同心の信心が必要なことを、(いん)紂王(ちゅうおう)(しゅう)武王(ぶおう)の故事を挙げて述べられます。そして、諸法は世間にあふれているが、正法の一善に勝つことはないと、法華経のもとの異体同心が、謗法に破られないことを仰せです。
 結びに、これまでの時光殿の信心への御奉公を称賛(しょうさん)するとともに、諸天に守護を強く働きかけていることを述べられます。

三、拝読のポイント

異体同心なれば万事を成ず

 第一に、信心には異体同心の団結が大切であるということです。
 まず大聖人様は、
     「異体同心なれば万事を(じょう)じ、同体異心なれば諸事叶ふ事なし(中略)(いん)紂王(ちゅうおう)は七十万騎なれども同体異心なればいくさ()にまけぬ。周の武王は八百人なれども異体同心なればかちぬ」
と仰せになり、同体異心と異体同心の違いこそ、物事の成就に深く関わることを明かされ、それについて中国の故事をもって説明されます。
 紂王は、中国古代の殷王朝最後の王でしたが、慢心が強く、悪政を()き、暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くした悪王として、民のみならず周辺国からも恐れられていました。しかし、その紂王の誇る強大な軍が、少数の武王軍との戦闘において敗れたのです。
 それは紂王の軍が、見かけは殷国軍として一休でしたが、その中の兵士は、暴君に反感を(いだ)き、武王軍との戦闘にも真剣に闘わなかったからです。
 また、対する武王軍はこれとは逆に、八百の諸侯(ひき)いる連合軍でしたが、「紂王を討つ」という目的に心が一つとなり、強固な団結をもって闘ったことから勝利を得たのです。
 大聖人様は、何事も(たずさ)わる人の心が一つになるときに成就されていくことを仰せになるために、これは一人の場合も例外ではないことを御教示あそばされているのです。そして、
      「日蓮が一類は異体同心なれば、人々すくなく候へども大事を成じて、一定(いちじょう)法華経ひろまりなんと覚へ侯」
と、信心においても異体同心により、心が一つになるとき、正法が広まると仰せです。
 ここに私たちは、同体異心に(おちい)らず、異体同心の講中を構築することが大事であり、単なる信徒の集まりではなく、法華講員としての信心をもって講中の団結を図ることが大切なのです。
 そのために、信心するのは白身の幸せのためであるという動機をもとに、それは一人ひとりが大聖人様から与えられた広宣流布の使命を全うするときに叶うという意識を共有して、広く信心活動の参加を呼びかけ、展開していきましょう。

信仰により確立する異体同心

 第二に、信仰における異体同心は、信心に基づいて確立されるということです。
 先に示したように、基本的に異体同心とは、同じ目的のもとに心を一つにすること、もしくは心が一つになることをいいます。
 ただし、本抄に大聖人様が示される異体同心とは信心における同心ですから、『諸法実相抄』に、
     「日蓮と同意ならば」(御書 666頁)
と仰せのごとく、大聖人様の教えとその目的に対し、心を同じくして信じ行ずるということです。故に本抄には「日蓮が一類は異体同心」として明示されています。
 さらに大聖人様は、
     「悪は多けれども一善にかつ事なし」
と、御本尊様のもとにまとまる異体同心は、いかなる謗法の勢力も破ることができないとも仰せです。
 以上のことから、信仰における異体同心とは、世間一般でいうところの、同じ考えであること、また単に心を合わせてことに当たるということだけではなくして、一人ひとりが法華経に説かれる、
     「一心欲見仏(いっしんよくけんぶつ) 不自惜身命」(法華経 四三九頁)
との強盛なる大信力を出だして御本尊様に帰命し、御本尊様と境智冥合(きょうちみょうごう)する。さらにその御本尊様と境智冥合した者同士が、広宣流布に向かって御本尊様のもとに同心した姿こそが信仰における異体同心であると言えましょう。つまり正直で強盛な信心の上に成り立つ、御本尊様を通じての異体同心であるということです。
 したがって、各自の不退の信心と広布という目的のもとにある異体同心、自行化他にわたる異体同心も、異体同心の信心ではありますが、さらに深く拝するならば、それぞれが決定(けつじょう)した信心により、御本尊様と境智冥合したときに現れてくる造作のない不思議な同心の姿こそ、本宗における真の異体同心と拝察するものです。

熱原信徒の異体同心

 第三に、熱原法難における僧俗の団結こそ、異体同心の(かがみ)であるということです。
 そこで本抄によって異体同心を貫いた熱原信徒の信心について考えてみたいと思います。
 概略は、冒頭の御述作の由来に述べたとおりですが、仮にこの法難のとき、捕縛された信徒の中から、蟇目(ひきめ)の矢の拷問(ごうもん)や、神四郎等三名の処刑を目の当たりにしてこれに怖気(おじけ)づき、信心を(あらわ)に退転する異心者があったならば、どのような展開になっていたでしょうか。考えられることは、大聖人様の門下を壊滅させようとする平左衛門尉(へいのさえもんのじょう)率いる幕府側は、一人の退転者の出現によってますます(おご)(たかぶ)り、さらなる熾烈(しれつ)な迫害を加えたであろうことです。
 一方、熱原信徒にとれば、一人でも退転者を出すことは、団結により保たれていた信心不退の和を乱し、信心に(すき)のある者に動揺を与え、連鎖的に退転者を増やしたかもしれません。これは、まさに大聖人様も、
     「(あまつさ)へ日蓮が弟子の中に異体異心の者之有れば、例せば城者として城を破るが如し」(御書 514頁)
と、外の謗法の敵よりも、内部の異心者の存在が多くの人の信心を破る故に警戒されていたとおりになってしまいます。
 したがって、この御指南を拝しても、師子(しし)身中(しんちゅう)の虫である異心の者が現れなかったことこそ、熱原法難において最も大切なことであったのです。
 ただし、退転者が現れなかった理由は、ひとえに熱原信徒の誰もが、自身の命をも(かえり)みない、決定した信心を貫いたからです。そうでなければ、命の保障さえない極度の恐怖と緊張の中では、殺される不安、今後の生活への不安を覚え、自分は救われたいという一心にかられ、他人を巻き込んでまでも、退転する者が現れたはずです。
 よって、ここにすべての人が同じく御本尊様に命を奉った異体同心の団結が出現したことにより、この大法難を乗り越えることができたのです。
 異体同心という言葉はよく使われる言葉ですが、この団結を図るためには、その中の一人ひとりが、真の不惜身命の信心に立っていなければ、あり得ないことなのです。

四、結 び

 大聖人様は『生死一大事血脈抄』に、
     「総じて日蓮が弟子檀那等自他彼此(じたひし)の心なく、水魚の思ひを成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱へ奉る処を生死一大事の血脈とは云ふなり。然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり」(同)
と仰せになり、戒壇の大御本尊様を中心とする僧俗異体同心の信心こそ成仏の要諦(ようてい)であり、また広宣流布するそのものであることを仰せです。
 私たちは、それぞれが自身の信心の決定を、師弟相対の信心のもとに確立すべく、お互いに励まし合いながら、次なる御命題、『立正安国論』正義顕揚七百五十年に向かって真実の異体同心の団結を築いていきましょう。


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